「スピーク・ロウ」


「刑事コロンボ」第5シーズンの開幕作(エピソード32)に’忘れられたスター’(原題:Forgotten Lady)と題する傑作があります。そのストーリーは、畏友で男優のダイヤモンド(ジョン・ペイン)と共にブロードウェイ・ミュージカルへのカムバックを狙う往年の名女優グレース(ジャネット・リー)が、それに反対して資金援助を拒否する医師の夫を遺産目当てに自殺を偽装し殺害する…..といった哀しき完全犯罪です。しかし彼女の夫ウィリス博士は妻の記憶喪失が日に日に増していることに気づいてカムバックへの障害を考え、ひそかにその病状を自身のカルテに記していたのでした…..「問題はもうすでに夫を殺したことさえも覚えているかどうかなんです」と語るコロンボに嘗て彼女へ淡い想いを寄せていた男優ダイヤモンドは、世間へは束の間でも自らが犯人だと公表する様に求めるのです。

 ドラマ中の白眉はやはり何といってもグレースの自宅で催されるパーティーでこの二人の名優がプチシーンを演じ歌う場面でしょう。曲は「スピーク・ロウ」。ナッシュの詩にドイツ人作曲家クルト・ワイルが作曲した彼のミュージカル「ヴィーナスのワンタッチ」中で歌われる名曲で、今日ではジャズのスタンダード・ナンバーにもなっています。ビル・エヴァンスやトニー・ベネットとノラ・ジョーンズの秀演でも周知の通りです。

  Speak low when you speak, love~ 

 ひそやかに喋って、恋人よ~と音楽は続きます。またここにこの佳品を挿入した台本作者と音楽監督、その眼識には敬意を表したく思います。恐らくダ・ポンテでさえ脱帽したことでしょう。それに加えて特に女性であるヒロインを犯人に仕立てるといった妙手、これこそがこのドラマに永遠の光をもたらした理由と言えるのかも知れません。

 そして我々、世界は今この傑作の顰に倣って「Speak low」…..それが100年来のこの「危機」から脱することが出来る一つの手法かも知れません。


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